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日記・コラム・つぶやき

2021年4月16日 (金)

トリチュウムの海水への排出

 福島原発からトリチュウムを含む汚染水を海に排出することが問題となり、さまざまな意見が出されている。右翼桜井よし子氏は、「年間のトリチウムの海洋放出量が韓国が136兆ベクレル、中国が42兆ベクレルに対し、日本は最大22兆ベクレルとなるデータを示した」上で韓国と中国を批判している。そこで正確なデータで確認してみた(以下のデータで約は省略)。
 産経新聞が、経済産業省のデータによると、2016年に韓国では液体で17兆ベクレル、気体で119兆ベクレルを海洋と大気中に放出したとしている。ここから桜井氏の引用がいつものように我田引水であることが露顕する。またそれは脱原発を打ち出した文政権以前のもので、現在のデータではない。ちなみに、東日本大震災により全国の原発が停止する以前に、日本で海洋に放出されていたトリチュウムは事故前5年間の平均で年380兆ベクレルである(出典 JNES「原子力施設管理年報」)。JNESとは2003年設立の独立行政法人原子力安全基盤機構で、2014年に原子力規制庁に統合された。
 個々の原発のデータをみると、原発のタイプで大きな差があるようで、停止するまでの11年(2002~2012)の合計で1位佐賀・玄海826、2位福井・高浜574.8、3位愛媛・伊方569.8、4位鹿児島・川内413(単位はテラ[兆]ベクレル)がダントツに多い。いずれもPWR(加圧水型)であり、BWR(沸騰水型)の福島原発は12.08(第一)と10.17(第二)で、島根原発は4.30である。ちなみに韓国は16基いずれもPWR型(中国も)である。
 以前から海水に排出しており問題ないとの意見も出てくるかもしれないが、前提条件をみておく必要がある。今回は廃炉にむけて30年間かけて薄めて排出するとするが、30年で廃炉が終わる可能性はゼロである。廃炉作業の中では大量の核汚染物質が出てきて、その処理も問題となる。海洋への排出によって減少する量よりはるかに多量であるが、その点については言及されていない。またその内にトリチュウムを多量に排出していたPWR型原発の使用期限がきて、こちらの廃炉も始まってくるので、福島だけの問題ではない。薄めて排出することの問題点も、過去の公害対策で問題ありとされてきた。薄めても排出量には変わりが無く、核物質のように半減期の長いものについては、1年単位ではなく100年、1000年単位で考えなければならない(1000年たつと2011年並の大震災が発生する。ただしトリチュウムそのものは半減期12年と短い。)。当方もついさきほど調べて認識したものであり、天に唾をはかないうちに、筆をおく。
 付記BWR 原子炉としては単純な構造であるが、炉心で核燃料に接触した水の蒸気を直接タービンに導くことから、タービンや復水器、蒸気配管などが放射能汚染され、耐用年数終了時に発生する放射性廃棄物が加圧水型原子炉 (PWR) より多くなり廃炉コストが嵩む可能性が高い。また、その汚染のため作業員の被曝量が加圧水型原子炉よりも多い(安斎育郎 『放射線と放射能』)。

2021年3月 8日 (月)

三月の近況

 退職後4回目の年度末を迎えた。五味氏作成の表を増補した院政期国司表は4ヶ月でようやく半分を超えた。残りは県史などが整備されていない都道府県が多いが、なんとかまとめたい。アップしている記事以外にも多くのネタはあるが、とりあえずは現在の作業の完了を優先している。
 囲碁の農心杯は、現在世界ランキング1位の韓国申眞諝九段(21)が中国棋士三人と日本棋士二人の五人抜きを行い、韓国が優勝した。中国の五人目柯潔九段は、唯一申九段が苦手としていたが、今回は勝利した。
 韓国には同年齢の申旻埈九段がおり、今年二月には柯潔九段を破ってLG坏で優勝した。後者の申九段には最近、一力、芝野両九段が勝利し、農心坏では井山・一力九段への期待が高まったが、やはり持ち時間への対応で課題があるようだ。国内の棋士では一力九段の強さが際立っている。今後一年間の本因坊、名人、棋聖戦ではいずれも挑戦者になる可能性が高く、二日制での井山・一力戦がみられそうである。とはいえ、一力九段に匹敵する若手棋士の登場が必要である。小学1年生で院生となった天才棋士がいるようだが、これもAIソフトの利用が可能としたもので、最終的な器の大きさはまだわからない。
 ホンダベゼルのモデルチェンジが近づき、一部の情報が先行して提供されているが、肝心の新世代プラットフォームなのか、フィットからの流用なのかは不明である。前者であれば、前宣伝で公表しているはずであり、後者である可能性が高い。現時点では両プラットフォームは一長一短であろうが、年数が経つにつれ、旧のデメリットが大きくなる。はっきししているのは車重が100Kg近く重たくなることであるが、それ以上に今後ののびしろが少ないのが問題である。普通は同一プラットフォームは二回までだが、日産セレナは驚きの三回目の使用で、それゆえに次のモデルチェンジが早そうである。プロパイロットが売だが、土台は、スライドドアという国内専用車ゆえに古いのである。ただし、新しくなってかえって評価がさがる場合もある。車の値段が相対的に上昇しているのは日本経済が成長率で世界から大きくとり残されているからである。一九六六年登場のカローラは1,100ccで四〇万円、一九七九年登場のアルトは550ccで全国統一価格四七万円であった。
 菅政権を本気で支持している人は皆無であろうが、日銀を利用した株価つり上げを継続してほしいと思う人がコアな支持者となっている。これにより将来の富が失われるとともに、経済成長できない日本が継続している。問題は政権を変えられないことだが、野党以上に、無能な指導者を交替させられない自民党がガンである。自民党がまともなら、安倍政権は短命で終わったであろうし、菅政権など生まれなかった。以前も述べたが、江戸時代には「藩主押し込め」の慣行があった。

2021年1月11日 (月)

一月の近況

 院政期国司表の作成をしており、それに関連して気付いた際にのみ、ブログ「中世史」に投稿している。時には五味文彦氏にもメールを送り、たまに返事をいただいている。この問題について議論できる人が他にいないのは問題だが、五味氏は三五年以上前の作業にもかかわらず、的確な返事をされる。是非ともこの作業を終えて公開できればと思う。
 新型コロナウィルスの新規感染者数の東京分について、本日は1219人で、月曜としては最多だが、昨日の1494人を下回っている。ただし、東京都のサイトでは検査数が1月7日までしかアップされておらず、現時点での評価はできない(検査数は一〇日と一一日を合計しても5700で、九日の7500より少なかった)。夜の飲食街や観光地などはかなり人出が減ったが、平日の出勤者など日常では余り減っていないようだ。いずれにせよ、現実に即した対応が求められる。0か100かではないのである。GO TOトラベルが良い政策ならそれをまねる国が出てくるが、実際には無駄の多い政策なので、収入が減少した人への給付がピンポイントで行われなければならない。日本の経済・財政状況は先進国で最低なので、全国民への再給付はメリットよりデメリットが大きい。
 スポーツでは高校生のラグビーとサッカー大会は無観客で行われたが、大学ラグビーの決勝は制限はあるが、チケットを購入した人の入場を認めた上での開催となった。ニュージーランドでは第一波が収まった後、北島オークランドで一人の感染者が確認されるとすぐに、南島を含めてスポーツイベントを中止とした。そのため気温が下がった冬季の感染を抑え込むことに成功した。NHKのサイトによるとこれまでの感染者数は2222人にとどまっている。隣国オーストラリアも28614人である。これに対して南アフリカでは123万人台で、南半球ではブラジルの810万人台に次いで多い。年末に感染者が増加した韓国では最近は600台と落ち着いている。これをみれば日本の感染者数の増加は政府の無策・無能による人災であることは明らかである。何度も言うが、現在の自民党と公明党の連立政権は他よりよいのではなく、最低の政権なのである。外国からの入国禁止が見識のない首相の意向で骨抜きにされたり、緊急事態宣言を求める都道府県の要請が、「しばらく様子を見る」ことになってしまっている。とりあえずコロナ対策だけでも内閣から切り離し、超党派の国会議員による委員会を作り、そこが厚生労働省などの関係省庁を指揮して行うようにする必要がある。誰がコロナ対策で有能なのかは国会議員の間では周知の事実であろう。
 囲碁の国際戦で四年の一度行われる応氏杯の準決勝の第一局が行われ、日本の一力九段は初戦で優勢となりながら、持ち時間の独特のルールのため、敗戦となった。一般の国際棋戦のように秒読みがあれば、勝利した可能性が高かったと思われるが、日本の棋士は持ち時間の短い棋戦への対応で遅れをとっている。第二局も持ち時間への対応がカギとなる。序盤、中盤で優勢な碁を勝ちきるのはただでも難しい(第二局も時間不足から逆転され敗退)。
 ラグビーの大学選手権は自力に勝る天理大が早稲田大を圧倒した。早稲田OBの今泉氏が準決勝直後に母校が優勢であるとのコメントを述べていたのにはあきれてしまった。1986年の日本選手権では慶応大がトヨタ自動車に18対13で勝利したが、トヨタのスクラムがレフリーに反則とされ、十分なスクラムが組めなかったことが原因であった。今回もこのようなことがなければ、大差で天理大が勝利することは誰の目にも明らかであった。天理大は体力面で上回るだけでなく、フィットネスも十分であった。明治大との試合でもすぐに立ち上がってプレーし、グランドに倒れている選手が多かった明治大を圧倒した。いわばオールブラックスのようなチームである。南アフリカはパワーと攻撃力に定評があるが、試合の後半で息切れすることがあった。2019年大会の南アはそれを克服し、最後まで動きが衰えなかった。
 ちなみに、当時の慶応の監督は慶応大とトヨタ自動車ラグビー部OBの上田昭夫氏であったが、社内で微妙な立場となり、間もなく退職してフジテレビキャスターとなった。併せて慶応大監督も退任した。氏は卒業後東京海上火災に入社したが、競技生活を続けるためトヨタ自動車に転職していた。日本社会のおかしなところである。

2020年12月13日 (日)

新型コロナ感染状況

 韓国でも新型コロナ感染者が急増し、一二日には最多の一〇三〇人となった。人口を勘案すると、日本の二五〇〇人に相当する。一方PCR検査数は、一二日は曜日の関係で減少し、一一日の三八六五一件から一三九二〇件減少したようだ。日本の最近の検査数をみると一一月二五日の四五九一七件が最多で、件数だけなら韓国を上回っている。ただし、人口を勘案すると韓国(日本の約40%)の半分程度にとどまっている。日本の検査数も曜日によっては減少し、一二日の一週間前の六日は一三六四五件にとどまっている(データはNHKの専用サイト=厚生労働省オープンデータよりとある=に基づく)。
 これをみてGOTOキャンペーンが原因ではないとする辛坊氏のような暴論もあるが、問題は人の動きの程度がどこまで制限・コントロールされているかである。地域別にみると韓国では北部に位置する首都圏の割合が四分三を占めている。人の動きの多さと気温の低さが関係していよう。日本の場合は東京、神奈川、埼玉を合計すると一〇〇〇人を超え、全体の三分の一弱である。日本の方が感染の広がりが大きい事は一目瞭然である。GOTOキャンペーンを一時的に停止しないかぎり、キャンセル料がかかるため、人々は首都圏とそれ以外の地域を移動する。この流れを止めるのが先決である。ヤフーのデータで直近1週間と思われる都道府県の感染者をみると秋田県の二が最少で、ゼロの地域はない。気温が高い九州でも福岡県を中心に感染者は急増している。
 外国人の入国規制を緩和したことが感染増加の原因だと主張する人は、そのもととなるデータを示さないと、単なるうそつき(デマゴーグ)になってしまう。

2020年12月 9日 (水)

一二月の近況2

 一二月八日は何事もなくスルーしてしまうというのがこの国の悲惨な現状か。朝日新聞には真珠湾攻撃に参加した人に取材した記事があったが。
 九日に明らかになった感染者数は572と五日の584に次ぐ数字である。二週間前の状況が反映されているとの仮説に従えば、三連休最終日である一一月二三日頃(九日の二日前の七日の検査とした場合)である。 三連休を前に明確な判断が示されなかったため、各地の人ではさほど減少しなかった。とりあえず前回と同じ作業をすると、三日前の六日の検査数は1428、七日は8853で、572÷(1428+8853)×2= 9.5パーセントと感染率はさらに上昇している。
 イギリスでは新型コロナワクチンの接種が始まったが、その有効性90%以上というのは極めてわかりにくい数字である。43500人超のボランティアが参加し、半数にワクチン、残りの半数に偽薬(ワクチン以外)を投与し、陽性者が94人となった時点で確認したところ、前者8に対して後者が86(整数で示しているため94人にはならない)という比率であったとのこと。ワクチンをうたない場合より一〇倍(86÷8)以上陽性にはなりにくいということである。今後のより大規模なデータに基づく分析がまたれる。それは副作用の比率をも含まなければならない。
 囲碁天元戦は二勝二敗となり最終局に決着が持ち越された。最初の二局は接戦であったが、ここ二局ははっきりした差が付くものであった。人間にもコンピュータにも正確な形勢判断ができないということか。とりあえず、国際戦に近い持ち時間3時間の棋戦で井山、一力いずれの力が上回るかであろう。二日制だとまた違うこともある。両者の持ち時間の残し方が勝敗を分けるかもしれない。
追記
 一〇日に602人となったので、同様の作業をすると、三日前の7日の検査数は9989(8853から増加しているのは追加の報告があったからか)、八日は8078。602÷(9989+8087)×2=6.7%。二日前のみの比較とすると、572÷8853=6.5%、602÷8087=7.4%となる。三日前と二日前の平均とすると感染率は低下したことになるが、二日前のみの検査数で割ると、感染率は上昇したことになる。検査日の二日後に明らかになるのが一般的だそうだが、データの扱いは難しい。六日の検査数があまりにも少ないのが原因である。その後の追加で2331となっているがやはりすくない。検査数は追加で変動するが、感染者はその日一日〆であり一旦発表されるとかわらない。1428に対する二日後の感染者は352。352÷1428=24.6%と大変高くなる(352が発表された時点では1428なので、2331は使わない)。
追記2
 一一日の東京都の感染確認者は595人で、九日の検査数は7546で、陽性率は7.8%である。九日6.5%、一〇日7.4%からさらに上昇しているが、この期に及んででも無能な首相(なんとかの一つ覚えと、はだかの‥‥がまさに当てはまる)は無言である。
追記3
 一二日は感染者数621、一〇日の検査数は7391で、陽性率8.4%とさらに上昇。

2020年12月 5日 (土)

一二月初めの近況

 近況を書くのも久しぶりだが、本日明らかになった東京都の感染者数が584と過去最高となったことによる。
 二ないし三日前に実施された検査の結果と思われるが、一一月二七日の570を上回った。これは二四日の検査数が10403件と過去最高であった結果である。二五日も8183件で二日間合計18586件。対して二日は7624件、三日は7749件で合計15373件である。ということは陽性率が高くなっている。機械的に出せば、前回が3.1%(検査日二日なので一日では6.2%)、今回が3.8%(7.6%)とかなり上がっていることが分かる。広報担当者失格の都知事は陽性者数が多くなった時だけいいわけのように検査数をいうが、毎回きちんと言えよということだ。韓国も増加傾向にはあるが、日本の5分の1程度である。人口では韓国は日本の約41%なので、日本の感染者数の多さがわかる。台湾は一一月三〇日の24が最多で、ほとんど一桁前半である。台湾の場合は気温の高さがあるかもしれないが、韓国は平均すれば日本と同程度の気温であろう。気になるのは日本より気温が低い北朝鮮であるが情報はない。中国は一一月初めに50弱の感染者数の日があったが、最近は20以下である。ただし、その精度にはやや問題があるかもしれない。
 以上のように、東アジアでは、実態不明の北朝鮮を除くと、日本がダントツで感染者数が多く、政府の無能さが如実に示されている。他より良いのでと内閣を支持する人が多いが、実際は他より遙かに悪いのである。政権トップがコロナについて理解していれば、具体的な指示が出せるが、日本は無理解な指導者二人が「全力を尽くす」と、「竹槍で米軍を倒す」ばりの愚かな発言を続けている。何度もいったように福島原発の事故の際に、自民党は解党し、一から健全な保守政党を作るべきであった。それが複数であっても問題はなかった。それがなされなかったため、自民党は先進国の与党としては比類無き無能集団となった。政権交代しても今よりよくなることは確実である。要は官僚に的確な指示ができる指導者が必要である。福島原発事故が前首相や現首相の時であったら日本は壊滅的打撃を受けたであろう。当時の菅直人首相は性格には問題があったようだが、弁理士の資格を有し、国会議員のなかでは原発の理解という点では五本の指に入ったであろう。一刻も早い政権交代が必要である。コロナで苦境に立たされている人のためにも。当面は危機管理の挙国一致内閣とし、とにかく無能な政治家を排除しなければならない。 

2020年10月29日 (木)

一〇月末の近況

 アメリカ大統領選挙はなお混乱が予想されるが、結果を待つしかないようだ。
 日本学術会議の問題は会議の性格を全く理解していない首相のとんでもない低レベルの発言が続いている。静岡県知事の発言があったが、東大、京大卒であろうとも無教養な人は山ほどいる。法政大学総長田中優子氏は同大・大学院で学び、国文学と社会に関する研究で高く評価された人物である。学問の自由権が国家からの自由であることを無視して発言する人(これも知らない人と知っていて解釈を自分勝手に変えている人がいる)が多い。前首相と現首相は欧米では政治家になることすらできなかったレベルの人でまさに「なんとかの一つ覚え」と「はだかのかんとか」に該当する。是非欧米でも指導者になれるレベルの人を首相とする必要がある。そのような人はいると思うが、情報がなく、具体名をあげることはできない。
 囲碁三星火災杯ワールドマスターズはベスト八が出揃ったが、主催企業がある韓国勢(出場者が最も多い)が一人というのは衝撃的結果である。その兆候はみえていたが、これまた韓国企業が主催しているLG杯では八人中六人を占めてなんとか面目を保っていた。中国ほどには若手の台頭が乏しいのであろう。現在のレーティングでは一位申真諝九段、三位朴九段、九位申旻埈(こちらが昨日一力八段に敗れた)まではよいが、二〇位以内はここまで(もう一つのランキングでも同様)ある。残った一人申真諝九段は虎丸前名人と同じ20才だが大変勝率が高く、今年の対中国勢との対局も一二勝二敗(中国一位柯潔九段と二位辜梓豪九段)である。一六強戦では中国三位の連笑九段に勝利した。もうひとりの申旻埈九段が21才であるが、この下の世代が韓国では台頭していない。中国でも以前ほど10代で世界戦優勝という棋士は登場してはいないが。
 虎丸前名人ど同年齢の大西七段は国内戦では本因坊リーグ入りで七段に昇進し、国際戦にも出場しはじめているが、成果はこれからである。一力碁聖は前述のように高校生の時代から国際戦で活躍していた。大西七段は仲邑初段と同様に韓国へ囲碁留学していたようだが、一方では思うところがあるのだろう、早稲田大学で学んでいるようだ。問題はこれに続く世代であるが、昨年の新人王広瀬四段が19才、今年の新人王関航太郎三段が18才である。関三段は青少年の世界大会で日本唯一の優勝者(12才未満の部)である。一力碁聖(12才未満、優勝は柯潔九段)と芝野前名人(12才以上)、さらには若くして亡くなった島根県江津市出身の関西棋院長谷川広七段(12才未満)が準優勝者。関三段は昨年のNHK坏囲碁杯に初出場したが、藤沢秀行門下筆頭の高尾九段に完敗であった。関三段は孫弟子となり、普段から高尾九段の指導を受けているとのこと。国内予選を勝ち抜いて三星火災杯に出場した関西棋院佐田七段のように大器晩成のタイプもいる、佐田七段は本因坊リーグ入りを決め、名人リーグも予選決勝戦に進出している。今年の一二月で24才と若いのだが、今年になって急に表舞台に登場してきた感がある。新人王戦は関三段と佐田七段の決勝戦であった。女流では秀行門下藤沢四段が22才、上野三段が先日19才になったばかりである。若手棋士は関西棋院四段洪清泉氏(韓国から来日)の道場か日本棋院藤沢八段の教室の出身者が多い。前者は一力、藤沢、芝野であり、後者が広瀬、関、上野という面々である。仲邑初段は韓国留学と父が日本棋院九段、男子で最年少14才の福岡初段は洪道場。ただこうしてみると、日本のスポーツや政治、日本の古典演劇でよくある親子鷹(世襲制)が多く、広がりという点で課題があるように思える。

2020年10月 9日 (金)

一〇月の近況から

 早くも一〇月に入って九日目である。日本社会の劣化をうかがわせる事例は等比級数的に増加していると感じる。特に男性に限ってではあるが。
 日本学術会議をめぐる問題に関する記事では、これが裁判官の任用にまで発展する可能性を指摘した意見が注目された。最高裁長官は内閣の指名に基づき天皇が任命するが、最高裁のその他の判事は内閣が任命する。といっても実際には一九七〇年代以降は裁判官出身六人、弁護士出身四人、検察官出身二人、行政官出身二人、法学者出身一名という構成で選ばれ任命されている。欠員が出た場合は同じ出身者から選ばれることが通例である。
 弁護士枠は東京弁護士会、東京第一弁護士会、東京第二弁護士会から各一名、大阪又は兵庫県弁護士会から一名就任することが多い。例外が三名あり、弁護士出身ではあるが、田中、福田、安倍内閣の推薦で任命された。福田内閣の推薦を受けた人物は保守・タカ派として知られ、内定時に話した憲法見直し論が物議をかもしたが、任命式の会見では「憲法を守って職責に尽くす裁判官という職務についた以上、これからは憲法を守る立場で仕事に当たる」と話したとされる。司法権の独立という観点が最も重要であるが、その意味で最悪の長官が第二代長官田中耕太郎である。個人の信条以前の問題として田中は文部大臣、貴族院議員、参議院議員をへての長官就任であり、三権分立に違反していた。国益違反は数々あるが、最悪のものは砂川事件で地裁により違憲判決が出された際に、こともあろうがアメリカ大使と密談を重ねた上で、政府の飛躍上告を受け入れ、統治行為論で判断を回避しながらも合憲として、下級審への差し戻しをした事と、第三次吉田内閣が憲法第七条に基づきおこなった抜き打ち解散により失職した議員が、解散後の総選挙に立候補しなかったため、自分は憲法違反の解散により在任期間を奪われたとして訴えた裁判で、統治行為論に基づき判断を回避した事である。日本の占領が終了したのは一九五二年四月二八日であるが(沖縄、南西諸島、小笠原諸島が残っており、完全独立ではない)、その前にも吉田内閣は憲法七条による解散は可能かをGHQに問い合わせたところ、憲法違反だと言われて断念していた。明白な違反であるのに、判断を回避したのが田中耕太郎であった。これが現在の無能内閣にアウトローな権限を与えてしまった。
 学術会議へのコメントは次第に会議への批判のコメントが増加しているそうだが、そのほとんどは根拠無き感想であり、きちんと勉強してから発言すべきである。考えることを放棄し、最初からある結論にへりくつにもならない理屈や誤った論を付けて述べている。正しく判断する能力が付いたかどうかの試験があればすべて落第の御仁で半人前以下である。言うならば「なんとかの一つ覚え」であり「はだかの王様」だ。そういうと「なんとか」と「王様」からあんな連中と一緒にするなとの抗議があろうが、その場合は、これ以上の表現が自分の辞書になかったので容赦してもらうしかない。過去には提出された裁判官名簿から最高裁判所によって再任を拒否された事例(一九七一年)があった。
   なお、学術会議の前会長であった山極前京都大学総長が、打診をしなかったことが問題だとの意見があるが、山極氏はこうなることも予想してあえて打診しなかったと思われる。これにより問題の所在が明らかになったわけで、会議を批判する人々は感謝しなければならないだろう。
 将棋の藤井八段が王将戦リーグで二連敗したが、人間の能力より将棋の世界が広いというあたり前の結果であろう。今後のさらなる進化につながるであろうが、そのためにも同世代のライバルが必要不可欠である。江戸時代の御城将棋や御城碁は時間無制限であり、打ち掛け後は関係者を総動員して次の日の対局に備えたそうだ(このあたりは過去の記憶により、少しあいまい)。囲碁は井山-芝野による名人戦に加えて井山-一力による天元戦が始まった。従来は主催紙によるネット上での棋譜とその解説が中心であったが、開催地名古屋の中日新聞と日本棋院中部総本部が協力して、午後二時からライブの解説が行われた。日本棋院幽玄の間の中継はあるが、特別な場合を除き有料であるため、視聴者は囲碁のプロ棋士とアマの高段者プラスアルファであろう。著名な「夫婦」棋士(日本と韓国)により漫才的なものであったが、内容もしっかりしていた。
 最近は将棋、囲碁を問わずAIが利用され、形勢判断のみならず、最前手の表示がなされているが、今回はそれはなく、人間のみによる解説であったため、ある意味では新鮮であった。囲碁でも一時は最前手(予想)を表示していたが、最近では形成判断のみである。将棋以上に複雑で本当の最前手はAIでも分からないということなのだろう。今回の一力-井山戦も、白番井山三冠が優勢ではあったが、実際の差はわずかであり、最後に黒番一力碁聖が抜き去って半目勝ちであった。ネット上では最強のAIともいわれる「絶芸」を利用した解説もアップされているが、一時期は井山三冠が勝利する確率が99%になった時期もあったが、実際の差はわずかであった。初戦の勝利により、一力碁聖によるタイトル奪取の可能性は50.1%というところか。それぞれが打ってみなければわからない。井山三冠は芝野戦も残っており大変な対局が続く。藤井二冠もそうだが、秒読みとなるとプロといえども最善の判断は難しいようだ。女流では本因坊戦の合間を縫って本日は第一回博多・カマチ杯の決勝が上野-藤沢の間で行われる。
 昨日は全棋士参加の本因坊リーグの初戦が行われたが、初参加の二棋士はいずれも黒番半目負けであった。相手はレーティング三位の芝野名人と四位の許家元八段である。正しく打てば両方とも黒番半目勝ちであったようだ。早碁の竜星戦では準々決勝の井山-許戦が放映され、井山三冠が勝利した。その前の一力-張戦は、将棋王将戦リーグの放送が伸びたため開始時間が遅れたようだが、対局そのものは七月末に行われたそうだ。放映前には結果を公表できないが、NHK坏はここまでずれない。また日本棋院のサイトの情報の更新はとにかく遅い。

2020年9月17日 (木)

九月中旬の近況3

 石井氏からは義江氏の論文はとにかく長くて、受験参考書のように線を引かないと読めないとのコメントがあった。三年時の途中で服部氏は文化庁に移られ、研究室の送別会が現在の山上会館の前身となる会場で開かれ、当時国史学科の学友会委員であった当方が会場の予約などを行ったが、なにせ世間の事情に疎いため、学生の身からすると食事は大変豪華なものとなった記憶がある。服部氏は、「自分は義江・五味氏のように秀才ではないから」というのが口癖であった。五味氏については当時お茶の水女子大に勤務され、史料編纂所の一室を利用して『吾妻鏡』の輪読会をされており、当方も参加していた。ドイツからの留学生、岡山大から内地留学でこられていた中野栄夫氏、長野県から編纂所に派遣されていた竜野氏とともに、お茶の水女子大の学生三人の姿もあったが、そのうちの一人は吉川弘文館をへて朝日新聞社で日本史関係の出版を担当し、もう一人はいつのまにか服部氏のつれあいとなっていた。
 義江氏の地頭職成立史の研究は、名前からわかるように地頭の成立を動的に把握するものであった。また理論的で研究対象も広く、その持ち味が出たのが『神仏習合』(岩波新書、一九九六年)であろうか。黒田俊雄氏の権門体制論を批判的に検討した文章を『歴史評論』で読んだ記憶もある。山川から出た『日本通史』の第一巻「歴史の曙から伝統社会の成熟へ」は一九八六年の出版である。『鎌倉幕府守護成立史の研究』(二〇〇九)は県立図書館で借りて読んだが、再度手にとってみたい。所蔵されていない伊藤邦彦氏の著書(各国守護沿革編)は購入したが、地元の書店経由だと時間がかかった記憶がある。その後はネットで購入することが多くなった。
 脈絡なく述べているが、本日は樋口健太郎氏の論文集二冊が届く予定である。院政期の摂関家に関する研究を飛躍的に高めたものである。最初の論文集は校倉書房から二〇一一年に出版されたが、書房が二〇一八年六月で廃業したことにより、新刊・古本ともに検索しても購入可能なサイトがヒットしない。ということでその在庫を引き継いだ歴史科学協議会から購入することとした。在庫少量で箱が欠品とのことで、想定より安く購入できた。本日届いた後に払い込み表で送料を加えた金額を払うのだが。二〇一八年刊の吉川弘文館の論文集は新刊でのみ購入可能であった。鳥取県立図書館でみて、一部の表を複写したことはあったが、やはりきちんと読む必要性がある論文集だと判断したからである。前者については、中国地方の公立図書館では岡山県立図書館のみ所蔵のようである。島根県立図書館をとおして借りることは可能だが、二冊とも購入することにした。両方ともスキャナーでデジタル化した上で利用することになる。一応、液晶モニターは目に優しい機種を選んでいる。
 昨日の囲碁名人戦第二局は両対局者が秒読みに追われる中で、それぞれに失着があったようだが、最後に間違えた虎丸三冠の逆転負けとなった。井山三冠も最近負けが続いたのでホットしたと述べていた。九月四日の王座戦準決勝と九月七日の応氏坏での敗北、さらには第一局で勝利した一週間前の八月一八日の団体戦である農心杯での敗北を指していよう。韓国の朴廷桓九段には以前はそうでもなかったが、近年の国際戦ではことごとく苦杯をなめさせられている。勝負よりも内容にこだわった結果でもあろうが、日本棋士の国際戦での課題としては相手より遙かに早く秒読みになることである。応氏杯の一力八段の準々決勝戦も当初は消費時間が多かったが、途中で優勢になると相手の消費時間がみるみる増えていった。国際戦は長くても三時間であり、それに対応しなければ活路は見いだせない。

九月中旬の近況2

 いまさらであるが、義江彰夫氏が二〇一八年二月に死亡されていた事を知った。満七四才であった。氏に出逢ったのは大学二年時で、一年時には自主ゼミ「中世的世界の形成」に参加していた。一九七五年度は正規のゼミとして開講されていたが、翌年は自主ゼミとして本郷から石井進教授を招いて行われた。LⅢ5Bの一年先輩であった山中(現山室)恭子氏からオリエンテーションで勧誘を受け参加した。当初は三人であったが、一年間継続したのは当方のみであった。
 当時は石母田氏の著作ではなく、それを批判的に継承した戸田芳美、河音能平氏の論文について議論していた。当方は石母田氏の論文を読み始めたばかりで、先輩の報告を聞いていた。二年生は山中氏のように国史を目指す人のみならず、西洋史、哲学、さらには法学部を目指す人もいた。顔はいまでも覚えているが名前が出ない人もいる。外部からの参加もあった。石井氏以上の年齢と思われた「おじさん」であるが、マルクス主義や共同体論の立場から議論に参加していた。網野善彦氏『蒙古襲来』についても議論になった。その中で苦し紛れに、非農業民との戦闘により、動物の死に関わる仕事をする人々への差別が強まるという主旨の発言をしたことは覚えている。山中氏は網野氏の熱烈なファンであった。氏は卒論で戦国大名今川氏を論じ、その題名である「中世の中に生まれた近世」は、氏の著書の題名にもなった。コンピュータでデータベースを作成して論じていた。当時のコンピュータはパンチカードを利用するものであったと思うが、手書きのカードも併用していた。同級生の多くがコンピュータの講座を受講していたが、当方は高校時は理系で数学科を志望したこともあって外部講師(東京工大)による「微分方程式」の講座を受講していた。大変難しい世界であったとの印象がある。山中氏は現在では江戸幕府の経済政策などを論じているが、中世前期についても精通していた。
 大学二年時には石井氏が招かれてドイツへ行かれたため自主ゼミはなくなったが、氏から呼び出されて喫茶店で会った際に、今度、北海道大学から義江彰夫氏が来られるので、中世史を学ぶ機会としてほしいと言われた。その際に旧姓から「君は鳥取の出身か」と聞かれたことも思い出される。鳥取出身で大正デモクラシー研究者で名高い人がいたことからである。三年時に国史学科へ進学し、石井氏も戻られたが、大学の創立一〇〇周年をめぐる問題が発生していた。当方は全く知らなかったが、二年時には百年史の編纂委員長である笠原一男氏の講座に学生がやって来て、どのように百年史を編纂するのか問い質すことがあり、笠原氏の講座は休講となり、退官前の記念授業もなされなかったそうだ。今調べると、一九七七年退官とあり、佐藤進一氏と同年齢であった。笠原氏は一向一揆の研究で知られ、大学受験の日本史の問題にもそれに関連した出題がしばしばあった。ただし、西洋史の木村尚三郎氏と同様、後半は研究論文の執筆はほとんどなくなった。何かの用事で国史学科助手であった服部英雄氏が笠原宅に届けもののため行ったところ、本人不在でつれあいが対応され、若い時にしっかり実績をあげることが大切だと言われたとか。当時の笠原氏はビルも所有していたようである。
 ともあれ二年時は正式なゼミである義江氏の「武士成立の諸問題」を受講した。『保元物語』を読みながらの講義であったが、北大時代の話もあった。記憶しているのは、大学構内を口笛を吹いて歩いていたところ、学生と間違えられて、当時行われていた大学自治会役員選挙に投票するよう言われたそうだ。当時の文系の教官は授業日以外は自宅などで研究をしていた人が多かったが、氏は毎日大学に来ているとも言っていた。三年時に義江氏の大著『鎌倉幕府地頭職成立史の研究』が刊行され、国史学研究室を通じて二割引で購入したが、価格を下げるため韓国で印刷したことを聞いた。
補足:確認するとブログを開設した直後の「網野史学2」(2008年11月)の中で義江彰夫氏について言及していた。

 

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