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2020年10月 9日 (金)

一〇月の近況から

 早くも一〇月に入って九日目である。日本社会の劣化をうかがわせる事例は等比級数的に増加していると感じる。特に男性に限ってではあるが。
 日本学術会議をめぐる問題に関する記事では、これが裁判官の任用にまで発展する可能性を指摘した意見が注目された。最高裁長官は内閣の指名に基づき天皇が任命するが、最高裁のその他の判事は内閣が任命する。といっても実際には一九七〇年代以降は裁判官出身六人、弁護士出身四人、検察官出身二人、行政官出身二人、法学者出身一名という構成で選ばれ任命されている。欠員が出た場合は同じ出身者から選ばれることが通例である。
 弁護士枠は東京弁護士会、東京第一弁護士会、東京第二弁護士会から各一名、大阪又は兵庫県弁護士会から一名就任することが多い。例外が三名あり、弁護士出身ではあるが、田中、福田、安倍内閣の推薦で任命された。福田内閣の推薦を受けた人物は保守・タカ派として知られ、内定時に話した憲法見直し論が物議をかもしたが、任命式の会見では「憲法を守って職責に尽くす裁判官という職務についた以上、これからは憲法を守る立場で仕事に当たる」と話したとされる。司法権の独立という観点が最も重要であるが、その意味で最悪の長官が第二代長官田中耕太郎である。個人の信条以前の問題として田中は文部大臣、貴族院議員、参議院議員をへての長官就任であり、三権分立に違反していた。国益違反は数々あるが、最悪のものは砂川事件で地裁により違憲判決が出された際に、こともあろうがアメリカ大使と密談を重ねた上で、政府の飛躍上告を受け入れ、統治行為論で判断を回避しながらも合憲として、下級審への差し戻しをした事と、第三次吉田内閣が憲法第七条に基づきおこなった抜き打ち解散により失職した議員が、解散後の総選挙に立候補しなかったため、自分は憲法違反の解散により在任期間を奪われたとして訴えた裁判で、統治行為論に基づき判断を回避した事である。日本の占領が終了したのは一九五二年四月二八日であるが(沖縄、南西諸島、小笠原諸島が残っており、完全独立ではない)、その前にも吉田内閣は憲法七条による解散は可能かをGHQに問い合わせたところ、憲法違反だと言われて断念していた。明白な違反であるのに、判断を回避したのが田中耕太郎であった。これが現在の無能内閣にアウトローな権限を与えてしまった。
 学術会議へのコメントは次第に会議への批判のコメントが増加しているそうだが、そのほとんどは根拠無き感想であり、きちんと勉強してから発言すべきである。考えることを放棄し、最初からある結論にへりくつにもならない理屈や誤った論を付けて述べている。正しく判断する能力が付いたかどうかの試験があればすべて落第の御仁で半人前以下である。言うならば「なんとかの一つ覚え」であり「はだかの王様」だ。そういうと「なんとか」と「王様」からあんな連中と一緒にするなとの抗議があろうが、その場合は、これ以上の表現が自分の辞書になかったので容赦してもらうしかない。過去には提出された裁判官名簿から最高裁判所によって再任を拒否された事例(一九七一年)があった。
   なお、学術会議の前会長であった山極前京都大学総長が、打診をしなかったことが問題だとの意見があるが、山極氏はこうなることも予想してあえて打診しなかったと思われる。これにより問題の所在が明らかになったわけで、会議を批判する人々は感謝しなければならないだろう。
 将棋の藤井八段が王将戦リーグで二連敗したが、人間の能力より将棋の世界が広いというあたり前の結果であろう。今後のさらなる進化につながるであろうが、そのためにも同世代のライバルが必要不可欠である。江戸時代の御城将棋や御城碁は時間無制限であり、打ち掛け後は関係者を総動員して次の日の対局に備えたそうだ(このあたりは過去の記憶により、少しあいまい)。囲碁は井山-芝野による名人戦に加えて井山-一力による天元戦が始まった。従来は主催紙によるネット上での棋譜とその解説が中心であったが、開催地名古屋の中日新聞と日本棋院中部総本部が協力して、午後二時からライブの解説が行われた。日本棋院幽玄の間の中継はあるが、特別な場合を除き有料であるため、視聴者は囲碁のプロ棋士とアマの高段者プラスアルファであろう。著名な「夫婦」棋士(日本と韓国)により漫才的なものであったが、内容もしっかりしていた。
 最近は将棋、囲碁を問わずAIが利用され、形勢判断のみならず、最前手の表示がなされているが、今回はそれはなく、人間のみによる解説であったため、ある意味では新鮮であった。囲碁でも一時は最前手(予想)を表示していたが、最近では形成判断のみである。将棋以上に複雑で本当の最前手はAIでも分からないということなのだろう。今回の一力-井山戦も、白番井山三冠が優勢ではあったが、実際の差はわずかであり、最後に黒番一力碁聖が抜き去って半目勝ちであった。ネット上では最強のAIともいわれる「絶芸」を利用した解説もアップされているが、一時期は井山三冠が勝利する確率が99%になった時期もあったが、実際の差はわずかであった。初戦の勝利により、一力碁聖によるタイトル奪取の可能性は50.1%というところか。それぞれが打ってみなければわからない。井山三冠は芝野戦も残っており大変な対局が続く。藤井二冠もそうだが、秒読みとなるとプロといえども最善の判断は難しいようだ。女流では本因坊戦の合間を縫って本日は第一回博多・カマチ杯の決勝が上野-藤沢の間で行われる。
 昨日は全棋士参加の本因坊リーグの初戦が行われたが、初参加の二棋士はいずれも黒番半目負けであった。相手はレーティング三位の芝野名人と四位の許家元八段である。正しく打てば両方とも黒番半目勝ちであったようだ。早碁の竜星戦では準々決勝の井山-許戦が放映され、井山三冠が勝利した。その前の一力-張戦は、将棋王将戦リーグの放送が伸びたため開始時間が遅れたようだが、対局そのものは七月末に行われたそうだ。放映前には結果を公表できないが、NHK坏はここまでずれない。また日本棋院のサイトの情報の更新はとにかく遅い。

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