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2020年4月18日 (土)

美多実氏の東流説1

 藤沢秀晴氏とともに、寛永末年以前から斐伊川の東流路が存在していたと説くのが美多実氏である。その説を全面的に展開された論は未完であるが、氏の遺稿をまとめた『風土記・斐伊川・大社』(古代文化論叢7、二〇〇一年)から、その説のポイントを確認したい。
 この本については題名以上には承知していなかったが、氏の斐伊川論についても確認しておく必要があった。現在はコロナウィルス問題で、松江市、出雲市の図書館は臨時閉館している。発行元に在庫がないか調べたが、在庫リスト一覧には本書は掲載されておらず、入手は困難である。そうした中、他の公立図書館を調べると、雲南市立図書館が開館中で、且つ、市内以外への貸し出しをしているとのことで、訪問した。雲南市は二〇〇四年一一月に大原郡と飯石郡の六ヶ町村が合併して誕生した自治体で、市立図書館は加茂、大東、木次の三館から構成される。それ以外の旧三町村は独立した館ではなく室があるのだろう。検索してもどの館が所蔵しているかは表記されないので、三館毎に検索すると、三館それぞれが所蔵していた。刊行時に県内の市町村全てに寄贈されたのだろう。貸し出しは三館とも可能だが、当該本については、加茂のみ可能で、木次と大東は禁帯出で館内での閲覧のみであった。ということで、加茂で貸し出しカードを作り、館外貸し出しをうけた。
 氏は「著書 斐伊川と出雲平野上巻-出雲平野の歴史地理的研究-」(『研究紀要』第一号、島根県高等学校教育研究連合会、一九六五年三月)の中で、その構想を開陳しているが、そこでは第一章に相当する「出雲平野の歴史地理学的研究序説-砂丘風成論批判として-」が述べられたのみであった。構想では古代から近世までの斐伊川と出雲平野について述べることになっていた。その後の展開と斐伊川史に関わる人物については下巻に収録予定とある。氏は本稿を収録した紀要発行時で満五二才で、八二才時の『風土記論叢』第三号(一九九三)所収論文が公開されたものでは最後となり、二年後に八四才で死亡された。その年譜をみると、二六才で東京帝大文学部東洋史学科を卒業した時点(一九三九)ですでに日中戦争が始まっており、三三才時の敗戦までは徴兵による軍人として生活を送っていた。その後、県内の高等学校に勤務し、三七才で僧侶となる傍らでその研究活動を続けられた。

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