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2020年1月11日 (土)

一月の近況から1

 今期の冬は予報の通り暖冬で、年末年始もほとんど意識せずに過ごした。暖冬の場合は、冷夏となることが多いそうだが、それがスポーツマンと観客のためになれば幸いか。初詣は行っていないが、大芦の大埼川辺神社を訪問した。過去にはNHKの行く年来る年の除夜の鐘の定番であった成田山新勝寺に行ったことがあり、境内を文字通りざっと巡ったが、目的は成田山仏教図書館が所蔵する荒木直躬(元千葉大学医学部教授)氏の囲碁史蒐集資料の写真を撮影することだった。
 大芦に注目したのは、ここを校区に含む高校に勤務していた際に、生徒、教員の両方に「北野さん」がいたが、ことごとく大芦の出身であったことだった。文永八年の三月会結番帳にみえる「春日末社」については戦国期の史料に島根郡と明記されており、そこから場所を特定できた。飯石郡に比定されていた大田別宮については、日倉(蔵)別宮に接近しすぎていることがら、神社の棟札に関する情報を集める中で、塩冶郷内上郷の地に比定できた。仁多郡内に比定されていた福頼郷はその面積から仁多郡内に比定できる所領ではないため、理詰めで出雲郡(出雲市斐川町学頭・庄原)に比定した。最後に残っていたのが北野末社であった。大社三月会結番二〇組の中で一番に編成されており、他の所領との関係から秋鹿郡か島根郡内の所領である可能性が高いと思っていたところで、北野姓が多い大芦の存在を知ったのである。従来、大芦は加賀庄内とされていたが、関係史料をきちんと分析すれば含まれていないことは明白であった。
 大芦については別記事で述べたので話題をかえると、再来年の大河ドラマが北条義時を主人公とするものになった。大河は視ないので、今年が明智光秀であることは知っていたが、来年については思い出せなかった。調べてはじめて、そういえば渋沢栄一だったなという程度である。渋沢は慶喜に仕えていたようだが、旧幕臣には薩長関係者の何十倍も有能な人材がおり、これが中心となれば日本の近代も少しはましになったであろう。国盗り物語、太平記、毛利元就など中世を扱ったものはある程度視た。北条義時やその他の評定衆については、ここ二~三年で以前より関係史料をみる機会が格段に増え、どのように描かれるか、関心がないわけではない。ブログの記事でも北条時宗の異母兄時輔について取り上げたことがある(横田庄と女性)が、時輔の母に関する今野慶信氏の説は興味深いが成り立たないものである。

 

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