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2020年1月19日 (日)

記事の補足1

 県立図書館の資料を検索していて「大工屋家家系々図各代略伝控」(北野長太郎編)がヒットしたので、確認した。そこでは、大芦浦で船大工を代々務めた北野氏の初代となる人物が一八世紀中頃に大社から移ってきたことが述べられていた。ただし、実際には大社から入り、現地の北野姓の女性の婿入りをした可能性が高い。北野氏については、天保一五年(一八四四)正月牛皮約定手形が残っている。隠岐は現在でも隠岐牛が特産であるが、近世初期には播磨国の業者が定期的に訪れ、牛皮を持ち帰っていた。その後も牛皮が利益を生む特産品であったことはわかるが、流通に関する具体的史料を欠いていた。それが播磨国の業者に文書が残っていた。一九九一年発行の『ひょうご部落解放』で安達五男氏が紹介しているが、人権の問題に配慮して、具体的郡名や家名はぼかした表現となっている。最近の刊行物では状況が変わっているようだが、ここでも必要最小限の情報にとどめて説明する。ままあるのが、地元の資料では配慮しつつ、県外の資料ではそのまま記すというものであるが、問題がないわけではない。『松江市史』でも中世・近世と近代(一部の人名には配慮)では扱いが少し違っている。国立公文書館の規定では、百年未満のものは、差別にかかわる情報(病歴、刑歴など)では配慮することとなっているが、実際には状況に応じた判断(多くの場合はより慎重な)が必要である。一五年ほど前に埼玉県文書館を訪問した際には、差別に関する記述を含む資料の閲覧が請求された際には、そのことを閲覧者に説明し、その上で閲覧を希望する場合は、さらに説明した上で、閲覧を許可し、その後の扱いについても配慮を求めるとのことであった。京都府立総合資料館でもその問題につき質問したが、それとともに、地域の関係資料の寄託を広く行っていることを知った。その次の段階で所蔵者の同意が得られれば、寄贈や購入に進むようだ。島根県では「本来の文書館」がないため、次々と重要な資料が流出したり、保存状況の悪化で閲覧不能となっている。
 話を戻すと、大芦浦の南屋友五郎が、隠岐で加工された牛皮と馬皮三五〇枚の播磨国への輸送を請け負ったものである。「男重馬皮入で、角爪は残っていない」との注記があり、その状態までは現地で加工済みである。現地の人々か、播磨国の人々かは判断する情報がない。代金は前金で受け取っており、すぐにでも隠岐に船を派遣すべきであるが、「風悪敷」渡海が困難なので、四月中旬までには播磨国へ届けることを約束している。『島根町誌』で確認すると、楡木の船持に南屋がみえ、北野氏の一族であった。嘉永三年九月にも南屋愛助が牛皮一九〇枚の輸送を請け負っているが、「貴殿買入荷物」とあり、播磨国の業者が買い付けたものの輸送を請け負っていた。ここではすでに南屋に荷物はあるが、「風波悪敷」く出帆は困難なので、順風次第早急に送ることを約束している。ただし、その後の文書をみると、嘉永六年一一月の時点でも届いておらず、播磨の業者が訴えている。そのため、関係文書が残ったともいえる。ちなみに、活字資料では「大芦浦槍木村」とあり、この資料を知った当時は気づかなかったが、「楡木村」が正しい。

 

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