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2019年9月23日 (月)

ラグビーの話題から

 ラグビーW坏が始まったが。世界ランキングは日替わりで変わっている。二〇〇九年に返り咲いて以来、W坏二連勝もありダントツの一位であったNZが二〇一六年一一月に、テストマッチ新記録(一八連勝)がかかっていたアメリカ・シカゴでのアイルランド戦に敗北してから状況が変わってきた。会場をアイルランドのホームに移して行われた次戦はNZが勝利したが、初対戦から一一一年目、NZとのテストマッチ二九戦目にして勝利したアイルランドは、二〇一八年秋にもヨーロッパに遠征してきたNZを破っている。この年は六ヶ国対抗でも全勝優勝し、ベテランSOのセクストンがIRBの世界最優秀選手に選ばれた。前年と前々年はNZのSOバレットが連続して受賞していた。
 二試合とも映像をみていないので、どのようにしてアイルランドが勝利したかは不明だが、昨年のNZの欧州遠征はその他のテストマッチも勝利はしたが、僅差であった。同年の南半球四ヶ国対抗でもホームで南アに二点差で敗れ、最終戦のアウェーの試合でからくも二点差で逆転勝ちして優勝したが、今年は、初戦ではアルゼンチンに四点差で勝利したものの、南アと引き分け、オーストラリアにはアウェイではあったが二六対四七で歴史的大敗を喫し、三位に終わった(W坏の関係で今年は各一試合)。NZとオーストラリアには定期戦の勝者が保持するブレディスローカップがあり、その保持者を決める一週間後のホームの試合では三六対〇でNZが雪辱し、カップを保持した(例年は三戦だが、二戦の場合は一勝一敗なら防衛)。その試合でメンバー入替で起用された若手のジョージ・ブリッジとセブ・リースはW坏メンバーに選ばれ、初戦の南ア戦にも先発した。一方、若手ウィングで早くから代表キャップを重ねてきた日本生まれのリーコ・イオネアは、オーストラリア最終戦のメンバーからはずれ、W坏メーバーには残ったが、南ア戦はメンバー外であった。これまでのところは、成績不振によるメンバー見直しが功を奏しているようにみえる。直前のトンガ戦は九二対七の圧勝であった。そのトンガはW坏初戦のイングランド戦は三対三五で敗北した。
 最近の試合をみると、NZとオーストラリア戦と同様、一試合毎に状況が変化し、これがランキングの変動につながっている。W坏一月前にNZが一〇年振りに一位から陥落し、今年の六ヶ国対抗を全勝優勝したウェールズが、八月のイングランド二連戦の第二戦で雪辱して一位となったが、九月七日のアイルランド戦で敗北したため、アイルランドが一位となった。アイルランドは今年の六ヶ国対抗ではイングランドとウェールズに敗れ三位に終わっていた。最下位イタリアは全敗であったが、イングランドにこそ大敗したが、他の4試合は一〇点差程度の敗北であった。スコットランド対アイルランドも一三対二二であった。現時点ではNZの好調さが目立つが、決勝戦で南アと当たれば、どうころぶかわからない。チーム間の相性もある。フランスはW坏ではNZに強い。一九九九年大会(主会場ウェールズ)ではNZのHCジョン・ハートがフランスとの準決勝の前に、決勝に向けた練習日程を発表したほど自信満々であったが、三一対四三で敗北した。二〇〇七年英仏大会ではHCグレアム・ヘンリー率いるNZが予選を得失点差+274でダントツで通過したが、準々決勝では一八対二〇でフランスに逆転負けし、時間差で深夜であったNZ国内はまるで通夜のように沈んだとされる。その半年前にはNZに遠征してきたフランスに五〇点近い差で大勝していたにもかかわらず。
 ハートは一九九一年大会の監督となるはずの人物であったが、オークランド偏重を嫌う関係者の投票で敗れ、一九九五年大会も同様に選ばれなかったため、一旦実業界に転じていたが、二度の大会での敗北により、手のひらを返したように切り札として監督に迎えられ、軽量ではあるが運動量に優れたチーム作りを進め、大会直前までは向かうところ敵無しであった。ところが三ヶ国対抗最終戦オーストラリアとの試合で敗れ、一抹の不安が出ていた。二〇〇三年大会はHCも選手も世代交代したベビー・ブラックスで参加したが、準決勝でオーストラリアに敗退。そこで、外国チームのHC経験者はオールブラックスHCにはなれないとした規定を変更してHCに据えたのがヘンリーであった。ヘンリーは前述のように結果を出せなかったが、なぜか協会が続投させたため、当時のNo1指導者ロビー・ディーンズはオールブラックスHCとなれず、オーストラリアHCに転じた。この点については以前も述べたことがあるが、ヘンリーは一九九九年大会のHCになるべきであった。当時は無敵オークランドのHCであったが、NZ協会がハートを選んだため、ウェールズHCとなった。その敗北を受けて協会はクルセイダ-HCでヘンリー後のNo1コーチであったウェイン・スミス(現神戸製鋼HC)をHCとしたが、最初の二年で思ったような成果があがらないとして実績の無いミッチェルに交替させ、前述のベビー・ブラックスとなった。
 二〇一一年NZ大会では予選リーグでフランスに快勝し、その後も快進撃を続けたが、決勝で再び対戦したフランス戦は八対七の辛勝であった。二〇一五年イングランド大会では、準々決勝で六二対一三でフランスに快勝した。長々と述べたが、今大会はやってみないとわからない要素が大きい。本来、日本が相性が悪いのはNZと南アであり、北半球勢との試合は勝っても負けても接戦になる気もするが、わからない。W坏直前の南ア戦はさまざまな意味でテストが行われ、本番ではあのような差にはならないと思うが、準々決勝以降のトーナメントで再戦した場合どうなるかはわからない。

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