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2019年6月10日 (月)

六月の近況

 四ヶ月にわたり娘が隠岐から出産のため里帰りしており、二人の孫との愉しみもあるがせわしない日々を送っていた。娘も隠岐に戻りようやく落ち着いた日々を取り戻せるであろうか。たまたま「折り目正しい近世史家」という中世史家黒田日出男氏のコメントを引用した自分の記事を確認したくなって検索したら(検索エンジンで差があり、今回はエッジでヒット)、吉田向学氏の2010年のブログがヒットした。歴史HP(資料の声を聴く)の「その他」の文章がそのまま引用してあった。自分が書いた記事はヒットしなかったので、結果的には助かった。向学氏もブログを継続してアップしていらっしゃることがわかった。
 相変わらず院政期の日記を中心にみているが、すべてが知らないことだらけであり(最近では「手長」という用語があった)、その意味でネットで検索できるのはありがたい。ブログ開設11年目であるが、以前では考えられなかったことである。とはいえ、論文を読むと十分調べないで人名や時期を比定をしているものも珍しくないのが現状である。院政期の公家社会について少しずつわかりつつあるが、おそらくよくて一合目あたりであろうか。以前は読み飛ばした部分に注目すべき事が書かれていたことに気づかさせられることがしばしばある。一方で、公家社会の系図を詳細に掲載しているHPが、サイトそのものが終了したためにみられなくなったことは大変残念である。
 公家社会で人や動物が死亡して「穢れが発生してさあ大変」という記事も散見するが、極めてその場しのぎでいい加減である。それだからこそ、差別問題を解決するのに理屈だけでは不十分なのだろう。明治初期に官吏の妻が出産した際の対応がいい加減だと思ったが、院政期も同じであった。しかし時には悪い意味でいい加減でそれを口実に差別をする場合がある。

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