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2019年5月19日 (日)

気になる考え方1

 「信仰」ではなく論証が必要なことを述べた。これに関して気になる点をあげたい。牧宗親=池禅尼の弟説は、大岡牧にかかわる人々の動きから生まれた。牧氏が在地の武士であったとの通説に対し、それでは説明できない点があるとして生まれた(武士に対する誤った理解が問題なのだが)。裏付けは皆無といってよいのだが、「100%成り立たないのでなければ信じたい」という信仰であった。
 系図研究者宝賀寿男氏の「杉橋隆夫氏の論考『牧の方の出身と政治的位置』を読む」に対して、小林滋氏が次のように述べている。
「杉橋氏は、史料批判を十分したり正統的な論理を追求したりすることよりもむしろ、牧の方という日本史上でも極めて特異な女性の行動を説明しようとの強い問題意識を持ち、ある事柄がそれを説明する要因として説得力を十分持っているのであれば、その事柄が成立する可能性がたとえ低くともマッタクのゼロでないのであれば、歴史的事実として採用してしまおうというような姿勢を取っていると考えられます。」
 杉橋氏個人が以上のような説を述べるのは自由だが、まさにそれは信仰にすぎないのであり、問題なのはその信者となっている研究者が少なからずいることである。ブログの記主からすれば、それだけで研究者として失格と考えるにもかかわらず。研究者の層が薄くなっているのがその背景としてあろう。
 ブログでは国立公文書館の職員を紹介したことがある。再度掲載すると、日本47名に対して、アメリカ2720名、イギリス600名、フランス570名、ドイツ790名、韓国340名であった(二〇一四年五月作成)。公文書館では歴史資料も扱うが、現在の資料への対処が中心である。歴史資料は史料編纂所が扱っているが、こちらも教員数は55名(その他に事務職、技官がいる)でしかない。『大日本史料』などを刊行しているが、あと百年たっても完成していないであろう。

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