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2018年9月19日 (水)

ブログ開設10周年目前1

 二〇〇八年一〇月一八日がブログ「資料の声を聴く」を立ち上げた日で、あと一月足らずで一〇年になる。今の心境は、現在の日本の状況と一緒で絶望的ではないが絶望に近い。落ちるところまで落ちてその後どうなるかである。ブログがふつうなら種切れとなるところが、今でも続いているのは、デジタル化により、東京などに住んでいなくても、ある程度の情報が得られるようになったことが一つ。もう一つは最近発表される論文の中に実証性に欠ける(研究の精度が低い)ものが多いことである。論文でよく石井進氏が、論文はたくさん発表されるが、本当の意味で論文と呼べるものは少ないと言われていたことを引用するので、実際には昔もそうであったのかもしれない。当方が関心のある論文しかみていないので、実際は違うと思いたいが、これから日本中世史研究の主たる担い手にならねばならない研究者の論文(東日本、西日本を問わず)も例外ではない。
 当然、誰でも間違いはあり、それを他の研究者が指摘しつつ、研究の精度が上がっていけば問題はないが、どうもそうはなっていない。以前と異なり都道府県史や市町村史編纂のピークも越えて、専門的に学んでもなかなか職につけない現状では、研究者の層は薄くなっている。そうした中で職を得た研究者は大変有能なはずだが、そうなってはいない。例えば、院政期を専門とするのに、知行国・院分国の具体的事例の分析では、五味文彦氏『院政期社会の研究』から一歩も出ておらず、独自に分析した御願寺領の寄進者の比定では、ありえないような誤りを犯している例を述べたことがある。一ノ谷合戦に石見国から参加した武士として『源平盛衰記』に登場するのは安主大夫と横川郡司であり、後者についてはこれまで比定した人はいない。前者については、系図に、当時の益田氏惣領の官職として記されているものと一致するが、ある西日本の研究者は「あ」という音の一致のみを根拠に邑智郡の阿須那と関係があるのではないかとし、ある東日本の研究者は両者の官職が一致する原因は不明であると述べるのみである。

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