koewokiku(HPへ)

« 横田庄と須佐郷 | トップページ | 東三郎殿御相論1 »

2018年4月26日 (木)

尾氏春秋と地震記事2

 天保六年二月一四日四つ時に前代未聞の大地震があり、崖崩れと落石。翌三月一二日夜には落雷が鳴り、二一日七つ時も地震。この月には竹島事件の関係者家老岡田頼母が江戸に召し上げ。六月四日から一三日まで大雨。九月一二日には朝5つの地震など三度の地震。一五日朝4つにも地震。一〇月一五日にも地震。米など総てに物価高騰。老中松平周防守康任は一〇月二九日に退役し、一二月九日に隠居し、家督を譲る。仙石騒動も発覚。
 天保七年二月には市木・井原・雪田・長田で一揆、首謀者は入牢。三月六日夜7つ時に大地震とするが、昨年二月よりやや細いとする。前兆の小さな揺れが明け6つ時に2つあり。七日9つ半にも地震。三月一五日暮6つにも地震が2つ、昨年来地震が多いと記す。四月には藩主松平氏は奥州棚倉へ。六月一二日には益田で大水害。流出物が仁万・宅野でひろわれる。廣嶋でも橋が流され、雲州を含めて大坂以西は大雨。津和野藩では洪水で流された使者が千人以上。盆以降は気温が下がり大寒。竹島事件の関係者が処刑される。今津屋八右衛門は拷問で責め殺される。九月には濱田藩から34ヶ村が天領に移される。一〇月以降は餓死者の記事が続く。その最中の一二月一〇日には地震。
 天保八年が明けても餓死の記事が続く。物価は高騰。行き倒れの記事も。二月一九日には大坂で大塩平八郎の乱。火事の記事も続く。そうした中四月朔日には大霜が降りる。三月二七日には大塩父子が座敷で自害。五月三日には大あられが降る。六月三日から六日までは出羽川筋で前代未聞の大水。物価は高騰。六月になっても餓死の記事。一一月一〇日には将軍宣下があり、大御所家斉は隠居。一〇月一九日には地震。一一月一六~一七日には雪が二三寸降るが、その後は二月のような陽気。一二月一三日4つ時にも地震。
 天保九年が明けても正月一五日朝3つ時に地震。泥棒などの犯罪も跡を絶たず。二月五日には積雪一尺。春に疫病が流行し、浅利村では500人余、温泉津・小浜でも600人余死亡。四月に宗門改めをしたところ1万3千人減少。閏四月五日には大森で仕置きが為される。この年五月には巡検が行われた。正規の統計では死に絶えた家七一六四軒、死者九九六七人。これに村を出た人々が多数いたと思われる。出雲部の場合は西端の海岸部で人口減少が目立ったが、救いを求める人の多くは松江城下へ行った。一二月四日夜大地震。

« 横田庄と須佐郷 | トップページ | 東三郎殿御相論1 »

近世史」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 尾氏春秋と地震記事2:

« 横田庄と須佐郷 | トップページ | 東三郎殿御相論1 »

2021年6月
    1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30      
無料ブログはココログ