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2018年4月13日 (金)

巻き添え3

  大学時代の講義(西洋史特殊講義)で故木村尚三郎氏が、自分は都立大法学部に勤務した経歴(1959~66助教授)があるので、弁護士の資格を持っていると述べた。大相撲の立行司の話ではなく、愛知万博のプロデューサーで、高校での世界史必修化実現の立役者といえば、思い出していただけるであろう。そんな事で資格が得られるのかと疑問に思った記憶があるが、調べてみると、現在は「司法試験合格後」という前提条件が付加されている。2004年3月末までに在職5年以上なら無条件で弁護士資格が得られ、それ以降は2008年3月末までに5年以上の人は、研修の受講と法務大臣の認定を経て弁護士資格が得られた。木村氏の発言に関する自分の記憶は正しかったことになる。
 前にも述べたことがある気がするが、木村氏の講義は、その最初に歴史の転換点となった年を聞いた。そしてそれは1930年だという。世界恐慌の次の年であり、なるほどと思う間もなく、なぜならそれは自分が生まれた年だから、という感じで始まった。講義がはじまると学生の方を見ることはなく、ずっと下を向いて猛烈なスピードで話していた。別に原稿を読んでいたのではない。話は計算されており興味を惹く物であった。
 なぜこの話題に触れたかと言えば、日本の制度があいまいだったからである。まだ、法律などの講義を5年以上行った経験とあれば許容範囲であるが、木村氏は西洋中世史が専門であった。正確ではないが、自らの専門分野の研究をどんどん深めるのとは違う方向に進んだようである。
 蒲島熊本県知事について気になったので調べてみると、いわゆる東大法学部教授とは対照的な経歴であった。そのあたりは関心のある方は調べてみることを進めるが、高校卒業後就職したが若くしてアメリカに渡ったのが大きかったようだ。学部と世代は違うが建築家安藤忠雄氏のケースと同じである。
 学生(国史学科)時代に大学院生の先輩に勧められ、東大法学部助手(法制史資料室)の方のところで行われていた勉強会(奈良坂と北山の非人をめぐる資料を読んでいた)に数回参加した。記憶を手がかりにネットで調べると助手の方はその後九州大学法学部教授となったようであるが、単著の論文集はまだ出されていない。本人の弁によれば自分は他の法学部の助手とは立場が違うとされた。本人は大学院をへての助手であったと思われるが、東大法学部では後継者とする学生を卒業時に助手に採用し、給料を払いながら養成するという。東大総長をつとめた佐々木毅氏、マスコミによく登場する山口二郎(法政大学)氏、長谷部恭男氏(東大法科大学院長から早稲田大学へ)、杉田敦氏(法政大学)の経歴をみると確かに法学部卒業と同時に助手になっている。そういった中で、樺島氏はその実績を評価され筑波大学から迎えられたのだろう。
 実績も実力も資質もない人物(将棋のルールも理解できないような人)が指導的立場(将棋なら王将とか名人・竜王)についていることろに日本の悲劇があるが、これを終わらせられるのは主権者のみである。某元財務局長の立件が見送られそうとの記事にコメントが寄せられているが、文書改ざんでの立件は難しいので国会で調査委員会を作って真相を明らかにすべきだと郷原氏がブログで述べていた。

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