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2018年4月18日 (水)

『尾氏春秋』の地震記事1

 東日本大震災時に紹介した島根県邑智郡の記録『尾氏春秋』(以下では「春秋」)の地震記事を、大田を中心とする地震が起こったことをうけて、時代順に述べていきたい。
 「春秋」の最初の部分は過去の尾原家の記録の要約となっている。最初の記事は宝永四年一〇月四日八つ時(一四~一五時)に激しく揺れた記事である。紀州沖を震源とする大地震で、翌五日の朝の津波で大坂では三〇〇〇余軒が被災し三万人余が死亡、船一万艘が破損したとする。
調べてみると駿河国から日向国までの太平洋側での被害が大きく、日本海側でも震度六と推定される地域があった。
 次いで文化元年(一八〇四)の出羽大地震を記すが名称のみである。この地震により景勝地であった象潟が隆起して陸地になったことから象潟地震と呼ばれている。文化九年一〇月九日にも地震があったことのみ記す。文化一〇年四月一一日八つ時にも地震。翌一一年正月には五日夜、晦日夜の四つ時にも地震。二月八日七つ時にも地震の記事がある。一〇月二八日夜大地震、一一月一一日昼七つにも大地震の記事。明けて文化一二年正月一一日夜九つ時にも大地震の記載があり、前年から地震が頻発している。同年一一月二五日夜八つ時と一二月二七日にも地震。年が明けても正月一五日夜五つ時にも地震、二二日には大地震。文化一四年二月九日地震。六月二六日夜七つ時大地震。文化一五年正月二三日夜八つ時大地震。改元して文政元年(一八一八)となり、翌二年三月一九日夜四つ時地震。六月一二日八つ時地震。この月には浦賀にイギリス船が来航して交易を希望したが、強化せず、米五〇〇石を与えて帰国させたとする。ただし、確認すると来航は文政元年のようである。しばらく間があいて文政一一年九月五日朝五つ時に大地震。天保二年にも京都で前代未聞の大地震があり二〇日ほど続いたことを記すが、一年前の文政一三年(一八三〇)の誤りである。市中の二階建ての建物はことごとく倒壊したという。出雲大社谷風の琵琶を禁中へ差し出させたところこの大地震となったため、琵琶は大社に返されたという。体感する地震が近年より多い気がするが、どうであろうか。

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