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2014年1月 2日 (木)

2014年~オーウェルのあの年から30年2

 戦後にも1949年の下山事件・三鷹事件・松川事件は有名であるが、独立直後の1952年6月2日に大分県菅生村の駐在所で爆発が起き、一部が破損し、共産党員が逮捕される事件が起きている。ダイナマイトを仕掛けた警察側は事前に100人近くを現場近くに張り込ませ、小学校からの帰り道に駐在所前を通った共産党員を逮捕した。最終的には公安警察による自作自演であったことがばれて、全員が無罪となった。スパイとして共産党員に接近した公安警察官が事件当夜、共産党員を駐在所近くの小学校に呼び出し、解散したところで爆破が起ったという。駐在所の警官も爆破があることは当然知っていた。そしてこの事件を利用して破壊活動防止法が国会で成立した。
 スパイとされた警官は、ダイナマイトの運搬に関わった罪で起訴され、1審と2審で有罪となったが、「爆発物に関する情報を警察の上司に報告したことが自首にあたる」として刑を免除された。本人も警察官に復職し、その後も何もなかったように昇進した。警察のコメントも「上司の命令でやむを得ず関係した気の毒な立場を考慮した。今後も同じような犠牲者が出た場合を考えテストケースとしたい」ということで、これまたあきれてしまう。当然、黒幕の責任が追及されるべきであるが、それをしないための、本人への厚遇であった。なおこの事件については井出孫六『ルポルタージュ戦後史』で知り、今に至るまで認識している。
 戦前の日本もその時期、時期で評価は異なるが、一貫して言えることは弱い立場に置かれてしまった人々がどんどん不利になる方向に動いていたことは確実であり、その意味で戦前の日本には良い点もあったと述べる人がいることは不思議である。その良い点について具体的に論じることはよいが、だからといって日本そのものを肯定しては、社会の改善にはつながらない。例えはよくないかもしれないが、「今のあの国にもよいことはある」ということと同じである。「あの国の人々こそ、独裁者による最大の被害者である」と認識することは、大変重要であるが、これについては忘却されている。

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