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2011年9月 3日 (土)

棋譜からわかる左一郎の動静(3)

  今回は上手である7段秀策、7段伊藤松和、7段大田雄蔵、7段坂口仙得、8段秀和との黒番15局と二子1局(対秀和)では、秀策に2勝1敗、大田雄蔵に1敗、秀和に6勝2敗(黒番)、松和に3勝、仙得に1勝と、12勝4敗の成績をおさめている。互先であった鶴岡三郎助には黒番で9目勝、下手であった佐瀬秀石、村瀬弥吉(秀甫)、小沢金太郎、鈴木善之助との白番9局では弥吉との持碁1局を除き勝利している。確認できた棋譜では20勝4敗1持碁と優秀な結果を残して、5段さらには6段を認められている(この外に秀策と秀和と1局ずつの打掛がある)。
 以上のような成績にかかわらず、左一郎本人はこの時点では石見国での囲碁の指導を自らの使命としていたのだろう。これ以後の棋譜は確認されていない。左一郎は安政2年正月には江戸からの帰途京都に寄り、その後尾道には寄らずに石見国へ帰った。
 嘉永3年に秀策が石見国を訪問した際に、左一郎は秀策と対局をしているが、安政4年5月の秀策の出雲国入りの際には別行動で、外に指導に出かけていたようである。同年8月29日の秀策書状は、京都に行った秀策が尾道の支持者へ送ったものだが、その当時左一郎が尾道に指導に来ていたことがわかる。またその書状の中で秀策は、京都での指導碁4局の棋譜を送るが、不出来なので左一郎には見せないよう依頼している。秀策からすると左一郎の棋力は無視できないレベルとなっていたので、このような発言となったのだろう。

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