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2011年8月28日 (日)

岸本左一郎の手紙(2)

 手紙の冒頭には勝負付が記されている。嘉永6年7月後半から9月初めにかけて、八段本因坊秀和(2)、七段伊藤松和(1)、四段佐瀬秀石(1)、四段鈴木善之助(1)、三段小沢金太郎(3)、三段村瀬弥吉(後の秀甫、8)、初段葛野忠右衛門(2)、初段葛野良三郎(2)と対局したことを記す。括弧内の数字は対局数である。弥吉戦が4勝4敗で、秀和との1局が打掛となっている以外は勝利している。20戦15勝4敗、打掛1。
 次いで、9月12日付手紙で、この囲碁勝負の結果が大変よく、囲碁の家元4家の評定により五段の免許を得たとする。そして「石橋久右衛門」に対して、このことをお世話になった尾公様(尾張藩主か)、取手様にも伝えてほしいと記している。
 さらには11月25日付手紙では、吉見猶左衛門と石橋久右衛門に宛てて、御城碁と御好みの棋譜を謹呈するので御覧あれとする。そして、秀策と松和両先生に2番ずつ勝利したことを記している。秀策については嘉永5年10月と嘉永6年10月の2局が知られ、松和とは嘉永6年8月21日から10月1日にかけて2度対局し、勝利を収めている。伊藤松和との棋譜も今回確認した。吉見、石橋氏は左一郎の支援者であろう。尾張藩との関係については2度目の上京の途中か、天保13年4月晦日に尾州御屋鋪で中川順節と対局した棋譜が「群雄技蹟 完」に収録されている。中川順節は左一郎が亡くなった際に秀甫とともに石見国を訪れ対局している。なお今回確認した棋譜のリストについてはHPの方に掲載する予定である。

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