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2011年8月28日 (日)

岸本左一郎の手紙(1)

 囲碁資料収集家として著名な荒木直躬氏所蔵資料は、現在、成田山仏教図書館に寄贈されている。その中に含まれる岸本左一郎関係資料について紹介する。
 荒木氏は千葉大医学部教授さらには学長を歴任され、1962年に亡くなられている。自らが編者となって秀策・秀和・秀甫などの打碁全集を刊行している。『棋道』1962年11月号の座談会「碁聖秀策を偲ぶ」によると、鳥取市で発見された棋譜の写本「囲碁手談」に新たな本因坊秀甫の棋譜が含まれていると知り、入院中ながら熱心な催促をしていた最中の1月30日に亡くなったとある。その棋譜は関係者の努力で「本因坊秀甫全集」、さらには福井正明氏編「本因坊秀策全集」に収録された。
 「囲碁手談」については、『棋道』同号に掲載されている関山利一氏「秀策秘譜本の研究」からその概要を知ることができる。しかし、分析・整理をしていた関山9段(初代本因坊)が亡くなったこともあって、本そのものは所在不明となっている。
  前置きが長くなったが、荒木氏所蔵資料であり、その意味では以前から知られていたものであるが、一般には知られていない左一郎の棋譜と手紙が含まれている。
 手紙は「群雄技蹟 完」という写本の巻末に貼り付けられている。写本は弘化2年6月17日の「大田雄蔵-井上因碩」戦等2局を除けば、秀策と左一郎の関係棋譜が収録されている。秀策については関山仙大夫との対局が中心で、左一郎については2度目の上京となった天保13~15年のものが中心である。ただ、嘉永6年8月22日の「村瀬弥吉-左一郎」戦は「岸本蔵」と記された碁罫紙に書かれたものが貼り付けられた形となっている。同館には、未見であるが「金門闘奇 乾1冊 井上因碩・土屋秀和対局譜/嘉永6年御城碁秀和・松和対局譜 写本−甲寅正月上院岸本左一郎以所贈印本写之−」も所蔵されている。左一郎が嘉永7年正月に棋譜を写して送ったものであり、「群雄技蹟 完」についても同様のもので、手紙も左一郎自身が写して貼り付けたものであろう。

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