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2011年5月14日 (土)

本因坊戦と島根(1)

 5月11日から第66期本因坊戦7番勝負が開始された。第1局は松江市玉造温泉での対局である。本因坊戦としては1964年の第19期第2局の坂田栄男本因坊VS高川秀格九段(坂田黒番中押し勝ち)以来47年ぶり2回目ということである。当時の坂田氏(本因坊栄寿)は本因坊戦7連覇の途中で無敵の強さを誇り、本因坊9連覇の偉業を達成した高川挑戦者を4タテにしている。また挑戦手合い17連勝の途中であり、この年は7大タイトルを制覇して年間30勝2敗の成績であり、何度も新聞の囲碁欄で名前をみた記憶がある。
 第1期本因坊戦は、家元制度から実力棋戦への転換により、1939年から41年にかけて行われ、初めて互先・コミ制で行われたが、最終トーナメントの上位2人での決勝はコミなしで行われ、3勝3敗となり、最終トーナメント1位の関山9段が初代本因坊となった。2期は、挑戦手合い5番勝負もコミ制で行われたが、関山本因坊が病気で途中で辞退したことにより、橋本宇太郎新本因坊の誕生となった。ところが第3期は再びコミなしとなり、原爆投下の広島での対局を挟んで3勝3敗となった。そこで決戦3番勝負となるが、これもコミなしで、第3局にもつれた場合のみコミ制で行うことになっていたが、1・2局を連勝して岩本薫新本因坊の誕生となった。このあたりはWikiに基づいて記したが、コミ制への抵抗が強かったのだろう。岩本本因坊は益田市出身の両親が朝鮮に住んでいた際に生まれているが、囲碁の国際化の最大の功労者である。
 昨年1月には将棋の王将戦(羽生-久保戦)が松江市で、5月には奥出雲町で棋聖戦(羽生-深浦戦)が行なわれている。そして本年1月には里見香奈女流名人の初防衛戦第1局が里見さんの地元出雲市で行われた。
 囲碁で記憶の新しいところでは、2003年10月に第28期名人戦挑戦手合(依田-山下戦)第3局が出雲市で行われた。三大タイトルの棋聖戦は1986年1月に10期挑戦手合い(趙-小林戦)が松江市で行われている。今回は山下・羽根両棋士ともに、大田市仁摩町の道策の生家を訪れているが、1986年には挑戦者の小林9段が対局前に本因坊道策の墓を訪れている。

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