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2011年5月14日 (土)

本因坊戦と島根(2)

 安政4年5月15日(1857年6月6日)から4日間、本因坊(跡目)秀策一行(本因坊丈和の子で後の中川亀三郎と遠江国出身の遠藤晏平を伴う)と山陰の強豪が玉造温泉で対局している。その直前の5月3日から11日までは出雲市知井宮の山本家で、前当主で儒学と囲碁を周辺地域の子弟に教えていた山本閑休の17回忌の碁会に招かれていた。そこには岸本左一郎は参加しておらず、山陽方面へ碁の指導に出かけていた。そして日米修好通商条約が調印された安政5年6月19日(1858年7月29日)から半月後の7月6日(8月14日)には岸本左一郎が病死している。
 左一郎は、嘉永元年9月(1848年9月27日~)に大坂で『活碁新評』を出版し、安政2年9月(1855年10月11日~)には筆写本の『常用妙手』を発行している。まさに外国船が日本に接近し、大規模な地震が相次いで起こるなど、世情不安な時代であった。
 5月29日から6月1日まで、世界アマチュア囲碁選手権が島根県民会館で開催される。囲碁の海外普及といえば『囲碁を世界に』の著者岩本薫9段である。
 左一郎の著書『活碁新評』については、現在も『週刊碁』で秋山次郎9段による解説が連載されているが、その説明の棋譜は藤沢秀行氏などの手筋集に繰り返し引用されてきた。同じく、『活碁新評』に基づき、長谷川章のオリジナル解説を交えた『筋と形』が知られている。その上下2冊の内、上巻は以前、オークションで入手していたが、下巻についてもやっと入手することができた。今回は上下2冊のセットであったが、他にも入手したいと思う人があり、最後は入札のためオークション終了時間が何度が延長される中、なんとか入手した。それが本日郵送されてきた。下巻については、以前、京都府立図書館で閲覧し、一部分のコピーを持っていたのみであった。左一郎の著書のコピーと対比して読んでいきたい。

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