koewokiku(HPへ)

« 安政の東海・南海地震 | トップページ | 島根県域と地震(1) »

2011年4月10日 (日)

安政の江戸地震

 次いで安政2年10月2日(1855年11月11日)に発生した直下型の安政江戸地震についても、江戸からの報告を含め、詳細な資料が掲載されている。安政3年8月25日にも大雨大風、さらには地震と津波で江戸に被害が出ている(江戸大変=江戸の大風災)。
 安政5年(1858)2月23日から29日にかけて石見国邑智郡で地震が続いて発生している。現在からすれば多い。江戸では2月15日に大火があり町屋1万7千軒余が焼失し、次いで2月25日には大坂でも出火し同程度の家が焼失したとの記事もある。この年は通商条約勅許をめぐり幕府と朝廷の対立が続いていたが、4月には朝廷から出雲大社国造へ勅状が下されている。そうした中、13代将軍家定の死亡により、8月6日から普請鳴物を停止せよとの命令が出され、同時に後継として紀州藩主が養子となって14代将軍家茂となった。また同月には江戸表から東海道を西へ「コロビ」という伝染病が広がりつつ有り、処方箋についても確認されている。「コロリ(コレラ)」に関する記事もある。次いで11月2日から3日にかけて、大地震があり、鳥井浦(大田市)で津波により20軒が流された。地震は浜田以西の被害が大きかった。
 明けて安政6年正月4~6日にも3夜連続の地震があり、9月9日朝には近来の大地震以上の地震が発生し、11日にも大地震があり12日まで続いている。
  安政六未九月九日朝四ツ時大地震近来ノ大地震よりも大にして長く候追々書すべし予案ルニ諸国大小あるべし恐ろしきをに候夕方迄も小なり数をしらず夜に入り中四ツ小数しらず
8月9日には江戸でも大地震があり津波で死者数知れずと記され、次いで10月5日には本丸が焼失している。安政8年2月にも石見国で地震があった。
  濱田野此度ノ地震ニ松原町百間余焼火町中残少ク損潰死人弐百人余御城山損ズ役所残ナク潰ル役人中死人ハ一向ナシ
以上、最後は記事を羅列するのみとなったが、幕末の石見国での地震の多さ(省略したものもある)がわかると思う。

« 安政の東海・南海地震 | トップページ | 島根県域と地震(1) »

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 安政の江戸地震:

« 安政の東海・南海地震 | トップページ | 島根県域と地震(1) »

2021年6月
    1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30      
無料ブログはココログ