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2010年11月14日 (日)

近世後期の変化4-1

 明治2年4月20日、虚無僧と被差別民が民政局の支配とされている。新たに民衆支配のために民政局が置かれ、従来、宗門帳で平人とは別帳に記載されていた虚無僧と被差別民を平人とともに一元化して支配する体制を取った。別帳であったのは、藩からみて社会で果たすべき役割が異なっていたからであり、差別のためのものではなかった。そして刑罰に関する刑法局を併せて設置した。それを島根郡内の庄屋が平人と被差別民にそれぞれ伝達している。
 庄屋から平人側への説明から藩から出された内容がわかる。親への孝養と兄弟間の親睦、さらには上を敬いそれぞれの家業に励むことを命じている。そして、凶年への備えは社会的に弱い立場への配慮であるとしている。そうした中で、被支配者側をも民政局支配に一本化したのである。それに対して被差別民への説明では、各自の身分を取り失わずに家業を守れと、身分の違いを強調した説明をしている。被差別民と社会的に弱い立場の人々とはイコールではない。平人と被差別民の対立を、被差別民側を抑える形で収拾するために、民政局支配への一本化の趣旨を変えて説明している。ここに、平人と被差別民の関係の変化を考える手がかりがある。両者の間に立つ庄屋と藩の役人が、自ら考えが事実に基づかず変化していることを自覚しないままに問題解決に対処し、その結果、平人と被差別民の関係が変化したのである。

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