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2010年11月14日 (日)

近世後期の変化4-2

 当時平人と被差別民の間では漁場をめぐる対立があり、平人側が被差別民の漁業を差し止めた。被差別民側は庄屋等に訴えたが採り上げてもらえないため、藩の郡役人に訴えた。郡役人側は平人側に出頭を命じて解決を図るが、平人側は逆に、被差別民への正月の合力をも差し止めた。
 これをうけて郡役人側は平人側の首謀者を逮捕するが、反発する平人側は2名を奪い返し、被差別民に負傷を負わせた。被差別民は警察業務を担っていたため、逮捕に動員されていたのである。これをうけた藩側は被差別民側に断り状を出させる形で解決を図ろうとするが、平人側は納得せず、被差別民への不満を述べられた書状が出されている。この断り状と書状を見る事により被差別民側と平人側の理解の違いが明らかとなる。
 この問題について検討された研究では主に平人と藩役人の理解に基づき分析がなされているが、被差別民側の主張についてはほとんど検討されていない(史料名、地名、論文名は明記しない)。まさに両者の理解の違いこそが重要であると思うので、以下に述べたい。論者は多数者側(平人と藩)の理解の変化が問題の原因であると考えるからで、それを変化した側の理解を追認する形では問題の本質を理解できない。基本的には被差別側の理解がこそがより事実に近いものであったと考える。そして同様の問題は、出雲国だけでなく、石見国でも発生している。

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