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2010年11月21日 (日)

近世後期の変化4-5

 以上のことから、平人が被差別民宅を訪問し祝儀を渡すことの本来持った意味がわかるであろう。それは現在のお賽銭・戒名料など宗教的儀式に関わるものと同様、それなりの前例(関係者の経済力など)に基づき、平人と被差別民の暗黙の了解により負担されていた。これに対して、被差別民は自分たちよりも「下の身分だ」と思い始めていた平人から不満がでたのである。祝儀の額は自分たちが決めてどこに問題があるとする意見に対して、被差別民側が前例に基づき文句を言うのはある意味当然であり、それはけっして「わがまま」などではなかったのである。
 これに対して不満を持った平人の側では、産屋は自分たちの負担で建てたものであるから、平日に被差別民が産屋に自由に出入りすることを禁止する。出産のための重要な場であり、日常の管理が必要なのは当然であるにもかかわらず。また、出産後の処理も必要であるが、それについては別に指示して、それを行った被差別民には雇賃を支払うというのである。
 これにより問題が、平人側の誤解と歴史の忘却から生じていることが理解いただけるであろう。それを生んだのが「被差別民は下の身分だ」との誤解であり、その誤解は両者を仲介すべき藩や役人も共有していたのである。その際に「12人の怒れる男」のように、心ある人が、きちんと前例に基づき確認すべきであると述べても、誤解を解くことは容易ではなかったであろう。ただ、平人と被差別民に関して生じた問題を「資料の声を聴」いて分析しないと、真実に一歩でも接近しようとする途は永遠に閉ざされてしまうのである。さらに前に述べたように関係の変化というのは決して過去の問題ではなく、現在も発生しているものである。それが良い方向への変化ならよいが、悪い方向への変化もみられるのである。論者は方法論の問題ではなく、あくまでも事実の問題として論じている。

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