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2010年10月17日 (日)

近世後期の変化2-2

 明和6年(1769)12月、神門郡の町で警察業務を行う被差別民に対して命令が出されている。近来、心得違いにより無礼がましい事があると聞いて、以後は以下のようにせよと命じている。その内容は、役人や平人と逢った際に無礼なきように行動することと、普段と役目を務める際の被差別民の服装、履物などについてである。同じく役目を務める際も年頭五節供のみは別であった。また、被差別民の中でも、頭とその名代と子弟、さらには「本」と「名子」で変えている(本百姓と脇ないしは名子百姓に対応か)。
  ここからわかることは、役人や平人の側から被差別民の行為に対する不満が出されたことを受けて、新たに具体的に定めたものということである。それまでは「無礼無きように」で済んでいたことが、それでは済まないため、明確化された。その内容には従来からの慣行もあるが、今回、あるべき姿を考えて具体化されたものもあったと考えられる。この法令の背景にも、身分の上下や違いを強調して社会の引き締めを図る松江藩の御立派の開始(1767)があり、この史料は「明和四年丁亥九月御立派以後御用留写」の中に含まれている。

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