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2010年10月17日 (日)

近世後期の変化2-1

 松江藩領出雲郡では天明2年(1782)に、警察的業務を行う被差別民に対して、風俗が守られず、平人に対して慮外の事がままあるとして新たな命令を出している。すなわち先年、髪型を一目でそれとわかる形にすることを命じたが、守られていないようなので、本人だけでなく家内のものすべてがその髪型にすることを求めている。本人とは成人男子であり、女性や子どもにも対象を広げたのである。
 髪型そのものは夫に先立たれた女性などの髪型として知られるもので、それ自体に差別性はなく、平人との違いが一目でわかるための措置であった。岡山県の渋染一揆では、服装の色で一目でわかるようでは、犯人逮捕に支障があるとの抗議が被差別民から出されているように、警察業務を行う面ではマイナスもあった。問題は「先年」であるが、そう古いことではなく、18世紀中頃のことであろう。
 それが享和2年(1802)の出雲郡の命令では、天明2年に平人と被差別民の双方へ申し渡したが、20年が経過したこともあって双方とも忘却していることもあるので再度伝えるとしている。ここからわかるのはその髪型の強制がそう古いことではなく、双方が忘却するようなものであったことである。幕末にみられる被差別民が平人と会う際の作法についても、その内容の変化とその持つ意味について、「差別」という先入観抜きに考える必要がある。

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