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2010年10月23日 (土)

近世後期の変化3-1

 天保10年(1839)6月、松江藩神門郡の藩役人は、犯罪者逮捕のために被差別民を派遣し、逮捕後は被差別民に預けるという慣行の見直しを命じている。被差別民の業務に対して支給する費用が小さくなく、且つ、犯罪者が小前の場合は、本人や関係者がその費用を負担することが難しいと訴え出たのが理由である。
  これに対応するため、人数・規模が大きい場合や火付けなどの大罪は、これまで通りとするが、その他の多くの犯罪については、初犯であれば被差別民を派遣することを止め、村役人に同道することを命じ、取り調べ後も親類や五人組預けにすることにより、被差別民への費用支給を減らそうとしている。
 この当時は飢饉の後で犯罪が増加しつつあったことも費用が増えた背景であるが、そうした中で結果として犯罪に対する刑罰を軽くした形となり、犯罪増加の歯止めがなくなることも想定される。そのためか付記では軽微な犯罪でも被差別民に預けることをしなくては、周りに対する示しが付かないものについては、従来通りとしてはいるが、費用負担の軽減が最大の目的であった。
 ここには書かれていないが、犯罪取り締まりを行う被差別民に対して、その対価として支払われる費用の持つ意味が忘却され、多数者の側の都合が優先されつつある事例である。

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