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2010年7月25日 (日)

忘れられていた岸本左一郎

 地元誌で「岸本左一郎名局選」が掲載されている。最初は最も多くの棋譜を残す対秀策のもの。彼の真価は現在『週刊碁』に連載中の『活碁新評』に代表される、囲碁の教育・普及にあるが、晩年の棋力の伸びは著しい。当方は棋力は秘密といわざるをえない状況なのでわからないが、岩本薫氏の弟子で囲碁史に詳しい福井8段からの便り(大浦林家に残る棋譜について質問)では、健在なら地方在住では例のない7段に進んだろうとのことであった。
 左一郎について調べて書いたのは、出身地大森が大野と誤解され、弟子の岩田が石碑を建立したのが兵庫県の但馬であると囲碁史の定番の本にこれまた誤って書かれ、地元ではほとんど知られていなかったことが第一の理由であった。そして第二には、早稲田大学で山本家文書を調査した際、彼の本因坊家入門前の対局記録など関係資料を発見し、さらには大森の古文書を調べる中で、その父美濃屋丈助の記録を見つけるなどの、あたかも自分の事を調べて欲しいと左一郎からいわれたかのような状況があったからである。
 とりあえずは、長谷川章『筋と形』と同様、現在の活碁新評に関する連載が本となってまとめられることを期待したい。

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