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2009年6月14日 (日)

岩田右一郎(3)

先生之資性瀟洒(ショウシャ、こざっぱりとしてさわやか)にして誠實、親に事(アタ)り至孝。父安右衛門罹病全身不随、先生家に在り則ち不離。飲食湯薬を側(そばだて)る。必ず自ら薦め奉り、愉色婉容(優しい)、異聞を談じ山水を説く。倦かば則ち諸背上に負い、庭外を逍遙し以て其病苦を慰む。如此者十有七年、親戚郷黨感称し弗偕(オカズ)。島根縣其篤行を賞し、金若干を賜し以て衆庶の龜鑑と為す。先生晩廬於錦海上賞山に結ぶ。灮水色にして行住坐臥。必ず念佛禰名し日く、修養精神莫善、焉(イズ)くんぞ空乎。其筆蹟と碁品清素高妙にして超然脱俗也。明治十八年四月十九日廣島に遊び、暴(ニワカ)に病し、其翌二十日遂起たず。享年五十有三、郷里荒島圓光寺に於いて葬す。某氏そ配し一男一女を舉ぐ。師家本因坊氏先生訃を聞き悼惜、六段免状を以て贈る。高足門人内垣末吉・遠藤嘉右衛門・中村狷臧・佐々田懋・岡崎運兵衛等胥謀(アイハカリ)将に碑を建て以て表す。先生遺徳文を余に属す。余、因りて其行事係を叙し、以て銘銘日く
  通神陣法 海内稀此 人無勁敵 地無堅壘 入妙筆法
  生動滿紙 黄兮倪兮 不得専美 然此二者 其緒餘耳
  百行根源 藏在腔裏 和気忠養 有進手技
明治四十五季四月 文学博士高楠順次郎撰 従五位日高秩父書

一部表現の違い(文語と口語)がありますが御寛恕を(了)

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