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2008年11月 3日 (月)

近代以降の人口増加(2)

 福井県では、次第に県外へ出る人の数が増え、本籍数からの減の数も増加していた。島根県についても同様の資料があろうが、とりあえず、手元にある「国勢調査以前日本人口統計集成」に、出寄留と入寄留の総数が掲載されている。その一部を紹介する。
 1872年正月の島根県は、本籍340,042に対して出967、入625で、342人の減である。浜田県は、259,730に対して出195、入164と31人の減。1884年は、なぜか国毎で、出雲が355,059に対し出1104、入603と401人の減。石見が292,908に対し出1748、入737と1011人減。隠岐が32,188に対し出29、入195と166人の増である。
  1886-1897年については出入総数と内訳が記され、688,409に対して、出7,545、入3,393と4,152人減。県外への出3,701に対して入3,199で、この部分の減は502人に過ぎないが、失踪3,272とともに軍や警察で県外へというのが571ある。1897年は718,175に対して出17,486、入8,376で、9,110人の減である。県外出が10,222と初めて1万人を越えたのに対し入は6,399と、この部分の減は3,823。失踪は4,012と微増。これに外国行、軍警察(出入)、監獄(出入)が加わっている。

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