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2008年10月24日 (金)

岩田右一郎

Photo_4  岸本左一郎の記念碑建立に尽力したのは、岩田右一郎であった。師左一郎にちなんで右一郎と名乗った。岩田自身は明治18年(1885)4月に石谷廣策との対局中に倒れて、そのまま亡くなった。囲碁と日本画を指導しつつ各地を回った人生だった。
 明治末になって、入門した直後に岸本が亡くなり、以後は岩田の弟子となった内垣末吉が中心となって、岩田の記念 碑を建立した。石碑の題字の揮毫は明治の元老井上馨、紀徳文の起草はインド哲学者で後に文化勲章を受章した高楠順 次郎、筆は日高秩父(小学校書道教科書の手本を執筆)の手になるもの。学問の神様しとて知られる松江の白潟天満宮の敷地内に建立された。除幕式は大正2年10月のことであった。
 上の写真は1998年に撮影したもので、天満宮から宍道湖公園内に移されていた。ただし、公園の再整備の中、その姿を今見ることはできず、所在は不明である。安来市荒島の円光寺境内にある岩田の墓は、台座の部分は碁盤をあしらっている。左一郎の大森の墓もそうであったとされるが、現在は所在不明である。

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