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2008年10月26日 (日)

All Blacksのヘッドコーチ(3)

 ハートの辞任を受けて、次の第5回大会へ向けた監督に、カンタベリーを率いてNo1指導者であったスミスが選出された。ハートの8年遅れの監督就任によるズレがようやく解消されたかにみえた。だが、スミスのABは圧倒的強さを発揮するに至らず、不安を持った協会は、監督の再選考を行い、スミスではなくミッチェルを選んだ。
 監督交代によりセレクションも変わり、ウイルソン、カレンといったベテランの名選手が引退を余儀なくされ、大幅な世代交代が進んだ。欧州に遠征したメンバーは「ベイビーAB」と呼ばれた。第4回の頃よりラグビーのプロ化が進み、それまで南半球勢に対し体力面で劣るとされた北半球にも、大きくて且つフィットネスが高い選手が増加した。その中心はプレミアリーグのあるイングランドだった。
 ハートは大きさよりスピードを重視したが、結果としてスピードはあるが、強さにかけるチームとなっていた。その状態は第5回大会のABも同様であった。大会は優勝候補筆頭のイングランドがオーストラリアを破って優勝した。

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