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多祢氏について3

 これに対して沙弥浄覚が相続の経緯については、杵築一族中や多祢・朝山へも先に申し...

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多祢氏について2

 多祢氏惣領は二代目頼元を除けば「二郎」である。九郎頼元は兄資元の養子に入って惣...

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多祢氏について1

 勝部宿祢惣領朝山氏とともに、国衙在庁官人として重要な役割を果たしたのが多祢氏で...

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三処後家尼と土屋氏

 この問題について、再度情報を整理してみる。一つのきっかけは河内国伊香賀郷地頭と...

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内蔵孝元の追放時期

  気になっていることについて確認すると、『根元録』の建長四年三月の記...

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山名氏家臣としての土屋氏2

 土屋遠江入道は以前言及した大葦氏である。大葦氏は加賀庄地頭土屋氏の一族である。...

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山名氏家臣としての土屋氏1

 以前、土屋氏一族の大葦氏について述べた。古代氏族研究会公認HP「古樹紀之房間」...

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出雲佐々木氏の婚姻3

 頼泰は乾元二年(1303)四月十一日以前には死亡していた。異母兄時清は嘉元三年...

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出雲佐々木氏の婚姻2

 以前述べた内容の補足をする。  出雲佐々木氏相互の婚姻関係の中心に富田四郎義泰...

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久野郷地頭中郡氏

 大中臣氏系図にみえる常陸国中郡氏で、出雲国に所領を得て入部したのは、中郡六郎太...

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«将軍実朝と出雲国5

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